ラーメン やなぎ 東京・高円寺 ※閉店





冬の青空から誰かの膨らむ希望を照らし出すかのように穏やかな陽射しが注いでいた、ともあれやはり寒さが募る1月後半の水曜日。そんな今日も仕事が終わって外に出れば、動いた分だけそれほど寒くも感じない午後8時過ぎだった。

2007年7月6日相模原に巨額の工場建設に端を発した事により業務停止に追い込まれてしまい、長い店舗経営に終止符が打たれてしまったあのげんこつ屋の味を復活させたラーメン店が、なんとJR高円寺駅北口から環七方面に少し歩いたガード下に年明けの1月5日からオープンしたらしい。

それを最近ネットで知る事になり、例によって何だったので訪れる事にした私だった。1980年に新高円寺駅周辺で創業した「名代らーめん げんこつ屋 」だそう。そんな味を復活させる店がそんな周辺地域の場所に出来た事に嬉しさを感じたものだった。

目鼻があってほっぺたに色が付いた丸顔のトレードマークが店頭で異彩をを放っていたものだ。ちなみに倒産前の近年は「名代らーめん」の冠は消えていて、「江戸の味」にすげ替えらていたものだった。

「現代の東京に住む人に合ったラーメンを」と言う新しいコンセプトを元に営業を開始したラーメン店で、当時男性しか入らなかったようなラーメン店が多いなか、清潔を第一にしたげんこつ屋には多くの女性が足繁く来店したと言う。そんな現象に多くのラーメンチェーン店幹部の方々が随分と通ったらしい。

そんなわけでまた会社帰りに高円寺駅で途中下車して、その店を捜しながら歩いて行くと、なるほど「名物げんこつラーメン遂に復活!」の文字が躍る、その店頭のラーメン店が在った。

げんこつ屋のラーメンと言えば、間違いなく一度か二度は20代の頃に新宿か渋谷で食べた記憶があるものの、その味わいのシフトはとうの昔に風化しており、こんな味だったとか言う思いは全く無い。しかし口にして見れば、きっと何かが見えて来るだろうとやって来た。

さて店内へ入って行くと先客は女性がお一人だけで、厨房には老練そうな店主がおられた。そんな店主にワザと聞えるように、券売機を見ながら「豪快ラーメンのボタンは無いんですねえ」と言うと、「懐かしいラーメンの名前ですねー」と反応しながら微笑んでくれた。

げんこつ屋の名物ラーメンだったメニューで、牡蠣油ベースのタレで炒めた豚肉に、揚げられた尻尾付きの海老が豪快に乗って、カイワレや長ネギも入ったラーメンだ。

うっかり千円札を用意出来ず五千札を両替して貰って、その動きの一挙一動見ると長年この世界に居た事が判るもので、その瞬間からこれから口にするラーメンが如何に美味しいか判ったものだった。

醤油ラーメンが、げんこつ屋の味だそうでそれを大盛にして、餃子があったので大盛ボタンと共に連打して入り口寄りのカウンター席に腰を降ろした。

やはりこの周辺のげんこつ屋で20年近く働いていた方だそう。店長の経験もあった方のようで、倒産した時を昨日の出来事のように覚えておられた。

げんこつ屋さんの事を更にお聞きして見ると、融資する銀行の紹介などで、多い時で都内を中心に18店舗を営業していた時もあったらしい。

昔はカツオ主体の魚介風味だったが、後期はマグロ主体となって、店主いわく味が落ちてしまったそう。ここで提供するげんこつ屋をイメージしたラーメンは、もちろん初期のカツオ主体の魚介風味だそう。程なくラーメンがやって来た。

貝柱の風味も迸る、なかなかのオーラに満ちたラーメン。それではと行かせて貰えば、大山鶏の丸鶏に店名通りのゲンコツをたっぷり利用した出汁スープは実に優しい味わい。

往年のげんこつ屋を知らずともその繁盛ぶりが手に取るように見えて来たそれはしみじみと来る美味しさだった。中太麺もそれに見合った多加水系のものでこれまた良かった。チャーシューがまた実になかなか。

餃子も往年の焦げを気にしないしっかりした焼き目を入れたもので、醤油酢ラー油で愉しめば、これがもうとんでもなくかなり美味しかった。

店主自身はこの業界に昭和32〜33年頃から身を投じた方だそう。それはもう、気がつけば完食だった。いや、かなりとってもとっても良かった昭和後期型系だった。

(左フォト) 醤油ラーメン大盛/餃子/店頭外観 (2011.01.26) 


 ラーメン やなぎ

 住所:東京都杉並区高円寺南4-49-1  定休日:未定  営業時間:11:30〜21:30

 アクセス:JR高円寺駅北口下車。環七方面へ少し歩いたガード下の右側にあり。



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