
最寄り駅は京成押上線の八広駅となる。 |

都道449号線を歩いて行くと、スカイツリーが見え隠れ。 |

この四ツ木橋南交差点を越えると、もうすぐ。 |

来集軒初期時代多くの来集軒店主を排出して行った。 |

戦後まもない頃の来集軒が並ぶ大鏡が見られる。 |

下町になくてはならない風情のあるこちらだ。 |
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今回も各地に甚大な被害をもたらした台風で、猛烈な風に松戸市内の自宅まで避難勧告が出ていたようだが、遠くへ過ぎ去って既に温帯低気圧となったようだ。
とりあえず次の台風が来るまでは関東地方も穏やかであろう、そんな青空からは眩しい陽射しが燦々とふり注いでいた十月神無月上旬の休日火曜日だった。
また船橋市内に午前中所用があり出掛けて、いつもより早めに済んで京成の海神駅に戻って来た。
さて何処へ行くかとなった時に、そう言えば機会があればこちらにまた訪れたいと考えていたことを思い出して、それなら今日はこちらにするかとそれはすんなりと決まった。
昨年の四月にこちらを訪ねた後も更なる来集軒を訪れており、堀切の来集軒店主が戦後まもない頃こちらで修業されたことをお聞きしたものだ。
そして本家と言える浅草来集軒にも訪れてから、昨秋残念ながら閉店してしまったやはり店主がこちらで修業された本八幡来集軒を訪れた。
それで来集軒シリーズレポートに一度区切りを付けたものだが、その後秋葉原が勤務先となったこともあって今夏再度御徒町来集軒に足を運んでいる。
そんなわけで青空の下を穏やかなそよ風がそよぐ中、京成電車に乗って八幡と青砥で乗り換えをしながらも、こちらの最寄り駅である押上線八広駅を降り立った。
改札口からUの字に進んで行き、スーパー先の通りを右手に出て、その東京都道449号線道路を歩いて行った。
駅からずっと左手に東京スカイツリーが見えて、周辺ビルの影に隠れては現われてを繰り返していた。途中国道6号と表示する道路を二つ横断。
四ツ木橋南交差点を越えると、区画整理で出来たような空き地が目立って来た。そんな道路を注意しながら更に進むと、まもなく右路地の先にこちらが見えた。
前回の初訪問の時は黄昏時を狙って入店して、その風情がよりこちらの雰囲気を高めていたが、平日のランチタイム時の正午まもないこの時間でもその風情はゆるぎないものがあった。
店舗右手の店舗看板には、酒の中の酒と謳うキンシ正宗の広告があるこちらだ。
昭和52年に業界初の紙パック酒を販売したことで知られる京都・伏見の日本酒メーカーで、その歴史は古く創業西暦1781年の天明元年らしい。
さっそく入店するとさすが周辺の愛される人気老舗中華店だけに、多くの先客でごった返す賑やかで歴史を感じるフロアが広がっていた。
幸いにも大昔の来集軒の店名が列記された奥の大鏡前にある丸テーブル席に空いた席があったので、そこに一人座る先客に相席をお願いしてから腰を下ろした。
大鏡の上には相変わらず黒い模造紙に黄色い色を使ってメニューがびっしりと綴られていた。
そんなお品書きを見ながらワンタンメンをお願いしつつ、チキンライスも半チャーハンのように半分仕様があることを教えて貰い、それも一緒にお願いすることにした。
閉店してしまった本八幡店の周辺に住んでいる者であることを告げると、しばらく前に店主ご夫妻がこちらにいらしたことを教えてくれた。
11年間もこちらで修業された本八幡の店主だっただけに、現在も家族ぐるみのお付き合いなのだろう。後続客が続いて、さらに活況さが増して行く店内。程なく到着。
それではとワンタンメンから行かせて貰えば、もうたまらない風情が良き時代さえも彷彿とさせる、それは絶妙な美味しさ。
もはや本八幡来集軒に留まらず、幼い頃に鬼越の生家周辺で口にした、中華そばの味わいさえフラッシュバックして来るほど感無量と言えた。
チキンライスも老舗洋食店に負けず劣らずの秀逸な味わいで、それだけにそれはもう気がつけば完食だった。
いや、かなりとんでもなく絶大に果てなく途轍もなく確実に素敵で、とても麗しくもある美味しさで実に素晴らしく良かった。
(左フォト) 昼の店舗外観/ワンタンメン/半チキンライス (2014.10.07)
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来集軒@八広
住所:東京都墨田区墨田4-48-14 TEL03-3611-6931
定休日:水曜日 営業時間:11:00〜14:00/17:00〜21:00
アクセス:京成押上線八広駅下車。都道449号線を右手に300mほど進んで行った六差路の右手の
奥まった場所にあり。
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我が家の最寄り駅本八幡にも来集軒があって、もうずいぶんと前になるがその店を訪れたことがあった。まだこのサイトを初めて、数年しか経っていない頃だった。
入店してお話しをお聞きすると、「孫になるんですよ」とそうお店の方が応えられたときは、よく意味が判らずにいたものだった。
今なら何処の来集軒で修行したんですか?などと尋ねたことだろう。
先日浦和来集軒へ伺った流れから、その第一号店となる上野に開業した来集軒だった来集軒元町店を訪れて、がぜん来集軒に対して興味を持つところとなった。
そこで気になったのが本八幡来集軒の修行先だ。と言うことでネットで調べると八広駅周辺にあるこちらであることが、以前から来集軒に興味をいだいて調べている某氏のサイトで知るところとなった。
所用と言うか大宮での仕事も終わって見れば上野に戻った頃には、まだ空も明るくもうすぐ暮れなずむ時間となっていた。
こんな黄昏どきに郷愁を誘う来集軒へ訪れたら、さぞかしエキゾチックな雰囲気の中でラーメンが楽しめるのではないだろうか。
ふとそんな思いにそれはかなりの名案だとなった。そんな時間に営業しているこちらに気がついて、急遽訪れることにしたそんな午後六時頃だった。
そんなわけで浅草橋で総武線電車を降りて、京成線直通の地下鉄浅草線電車に乗って八広で下車。
車が行き交う一本道を歩いて行きその店頭へ立った頃には、まさに暮れなずむエキゾチックなひとときの中にこちらがなんとも風情よく佇んでいた。
撮影していると厨房の扉が開いていて、思わず二代目らしき方と目が合い、挨拶されて来たので思わずそれを返して挨拶した。
さっそく入店すると店内がまたなんともエキゾチックそのもので、周辺の常連客の方々で大盛況なフロアが広がっていた。
左手奥のテーブル席に促されて、そこへ腰掛けてから半チャーハンラーメンセットを見つけてそれをお願いした。
こちらで修行した方の来集軒がある、そんな本八幡から来たことを告げると大そう喜んでくれた。昭和26年創業の来集軒だそう。
当時の建物を改修しながらも、現在まで大事に使用して営業しているそうだ。一番奥には創業時からあると言う大鏡が、そんな盛況な店内の何人もの常連客の笑顔を映していた。
どうやら開業を記念したものらしい。当時の来集軒が幾つ営業していたか判る貴重な時代の証人となる大鏡だ。
製麺所となる本部機能の本店浅草合羽橋を筆頭に、すでに閉店している浅草竜泉寺と浅草桂町に新橋・尾久・大塚、先日訪れた浦和と加須町、未訪の千住と御徒町の竹町の店が名を連ねていた。
それにしても昭和30年代にタイムスリップしたような感覚が実にたまらなかった。程なく到着。なるほど本八幡で見たラーメンが心の中でオーバーラップしていた。
それではと行かせて貰えば豚骨・鶏がらだそうで、一気に感動領域に達する美味しさは、何たる風情を造作していることか。煮豚などの具材も実に素晴らしかった。
スプーンで食べさせるチャーハンがまた泣ける美味しさで、それはもう気がつけば完食だった。いや、かなりとんでもなく、途轍もなく素晴らしくも美味しかった。
(左フォト) ラーメン/セット半チャーハン/店舗外観 (2013.04.12) |