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インターネットがここまで普及する様になって、手軽に情報が引き出せる事ができる時代となり、ある程度かなりの時間が経過し、それを取り巻く環境も大きく変化して来たと思う。
私が二十代の頃は、週刊紙の特集記事を参考にする程度だったから、ラーメンの食べ歩きも、大きくハマらなかったのかも知れない。
しかしネットが実際に更なる普及をして見ると、それ故にその情報量は大量となり、限られた時間の中で閲覧している事もあり、もう1ページだけ開けば見つけられるものも、見逃してしまう事も少なくない。
そんなだから、我孫子に背脂を利用したラーメン店があると知っていても、その内行こう程度だったし、その支店が松戸駅近くに出来ても、早い時期には行きたいな程度だった。
しかしそのラーメン店が、あの板橋の環七沿いの名を馳せた、土佐っ子の流れを汲むお店だと知り、こちら一番人気の特製ラーメンの画像を見る事ができた時、矢も楯もたまらず行きたくなった次第だった。
よく雑誌にも取り上げられていた土佐っ子で、松戸にもこのサイトが始まった頃、稔台にその店名を使って、その流れを汲むラーメン店が営業していたが、店名が使えなくなった事から閉店してしまった。それを教えてくれたのは上野某店だった。
見上げれば曇り気味の空に、寒さが募っていた日曜日の昼時だった。正午を少しだけ、過ぎた頃に到着。先日某店へ行った時、たまたま何時もと違うこちらの前の通りを歩き、ここにあったのかと、実は店頭を見ていたりした。
これが実に派手な店頭で、通りを歩けば、気が付かない人は皆無であろうと断言できる程。店頭に券売機があり、お目当ての半熟味付玉子入りとある特製ラーメン750円を選び、ドンブリは小振りと事前にキャッチしていたので、320円となっていたチャーシュー丼のボタンも連打した。自動ドアの前に立つと、はて?ドアが動かない。よく見ると単なる引き戸で、純然な手動式だった(おいおい)。
中に入ると予測通り盛況な店内が広がり、外と同じ満艦飾のインフォメーションが目に飛び込んで来た。ちょうど目の前の席が、一席空いていて、そこに腰掛けた私だった。
券を渡すと好みの確認があったが、こちらは初めてなので全て普通でお願いする。背脂は普通で充分入っているかだけお聞きした。そこはやはり充分に入っているラーメンだそう。
ランチタイムの良い時間もあり、後続客が続いて活況を呈す店内だが、先客が帰って席が空くと埋まるパターンで、絶妙にも待ち列が出来そうで出来ない、そんなこちらだった。店内のインフォを見回すと、仕切りにラーメンが来たら、タレが沈んでいるので、よく掻き混ぜて食べて下さいとあった。程なく到着。
おお、やはり如何にも土佐っ子系らしい、背脂ちゃっちゃのラーメンが到着。上野は俺らの心の駅だ♪なんて歌があったが、このラーメンを前にすると、不思議にも懐かしさが込み上げて来て、何故か心に響いて来る。
その度に以前の記憶を辿るが、数年前からはこうやって食しているが、20代前後に入店してそこで食べた、はっきりとした記憶は無い。でも多分その昔に、都内のどこかで食べてはいるのだろうと思う。
呑んだ帰り道かも知れない。興味の趣向が大きく変わると、記憶の不確かさが露呈してしまうが、それは致し方ない事で、「えー、曖昧な記憶、通過します♪」だった(おいおい)。
しっかり掻き混ぜてから、それではと口にすれば、もう旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い旨い。濃いタレだが、それを背脂がマイルドにさせて、かるくニンニクが香って来るラーメン。
低加水中太ちぢれの麺が、何とも言えない良い風情を、口内で表現してくれる。味付けはメンマも濃ければ、味玉子も濃い(笑)。しかしそれら全ては、背脂を口にする事で中和され、うま味が残る感じが面白いもの。
チャーシュー丼も濃かったが、これまた良かった。ご飯だけ若干残し、そこに背脂がたっぷりのラーメンスープを入れて食せば、こちららしさがまた倍加して堪能できた。
気が付けば完食。もしかしたら、稔台にあったお店と繋がりがあるのか、そんな思いで味を確認したが、どうやら違った様だった。背脂がドバババンなラーメン、ここにもアリだった。
(左フォト) 特製ラーメン/チャーシュー丼/券売機ボタン/店舗外観 (2009.01.18)
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