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関東地方に台風が近づいている影響か、ススキを揺らすやや強い風に、灰色の濃淡に違いがある斑状の雨雲から細かな雨粒の降る、そんな八月下旬日曜日の衆院選当日だった。
自宅近くの投票所で投票も済ませ、JR総武線電車に乗ると前を走る電車が車両故障らしく、若干だけ車内に閉じ込められたものの大事に至らず、こちらの店頭には午前11時頃に到着した。
今年の初頭から高田馬場にオープンした、秋田県秋田市からやって来たラーメン店だ。
なんとこちらを創業させた方は、昭和4年に創業したと言う屋台時代を知る京都・新福菜館のラーメンを、その屋台を引いていた御夫婦から味を直伝により教えて貰ったらしい。
そして昭和13年に京都駅前で、こちらも屋台から創業したお店と言う事だそう。
食べ歩く方なら御存じだと思うが、地方のラーメン店が別の地方で営業するのは、水も違えば商慣習や様々な風習も違い何かと大変で、態勢が整うまで時間が掛かるのが常であったりする。
そんなわけでかなり遅くなってしまったが、オープン時からかなり気になっていたこちらへ、とっくに落ち着いたであろうと出掛ける事にしたのであった。
その店頭に掛かっていた白い暖簾は、以前ここを通過した時にも見かけてはいたが、こうして改めて見るとやたらデカく見え、それは地面にも着きそうな程の背丈であった。
そして入り口には、お姉さんが通りを歩く人に、入店を促す仕事をされていて大変そう。どこか爽やかさがある感じの方で、とりあえず店頭を撮影したい旨告げて、写らないようどいて貰った(おいおい)。
お礼の言葉を告げて、店内へ入ろうとする。しかし早稲田通り沿いにあるその店舗は、全体に引き戸があり何処から入ればいいのか一瞬迷う造りであった。
それもあって案内する方がいるのか、迷っているとその女性が気を利かせるように、一番右手の引き戸を開けて案内してくれた。
中へ入ると、すぐ近くに新宿や池袋がある都会に居る事を、忘れさせてくれそうな落ち着いた雰囲気に包まれていた店内であった。そして直ぐ目の前には、券売機が鎮座していた。
店頭の女性にあらかじめメニューの内容量をお聞きして決めた、1080円の末廣中華そば大盛りと二分の一の量のヤキメシのセットメニューのボタンを選んだ。
24時間営業のこちらだが、たまたま先客は一人としていなかったが、私が堰を切った役目を果たしたのか、後続客が続きに続いていた。実を言うと、いつも大抵そうなる事が多く、不思議なものだ。
そんな中をチケットをお店の方に手渡してから、ガラス戸を背にした、入り口近くのカウンター席に腰掛けた。
卓上にはワリバシや調味料の他に、ラーメンドンブリいっぱいに盛られた小口切りされた白青の長ネギがあり、その上にはトングが無造作に置かれていた。
ラーメンが到着する頃には、店内に待ち客が並ぶ盛況ぶりで、入った時のガラガラぶりが、まるで白日夢のようにさえ感じられた。と言うわけで程なく到着。
おお、まさしくビジュアルからしてラーメン国技館で出会った、京都・新福菜館のラーメンだ。
例の卓上にあった刻みネギを多めに入れ、それではと行かせて貰えば、いやいやいやいやいや、もうもうもうもう、美味い美味い美味い美味い美味い。
あっさり煮込まれた薄い豚バラ肉も美味しく、中細やや太ストレートの麺は、水戸のご隠居が最後に高笑いするTVドラマの如く、お約束のようにスープの色を麺の柔肌に移していた。
おそらく秋田で口にしても同じあろうその味わいは、濃い醤油色ながら塩気が高い事もなく、昭和初期から続く冴え渡る鶏の旨みが、他の食材と混然一体となって顕れていた。
遠い地への伝承ゆえに生じるその違いは、逆に末廣ラーメン本舗の個性として、持て囃されて然るべきだ。特にヤキメシはその色が濃く、メシは逆に薄く淡い分様々なうま味を感じた。
なお、始めにたっぷり入れた筈の刻みネギが後半もの足りなくなり、無料ならばと(おいおい)大量追加投入させて貰った。
北海道や東北圏の方々が近畿圏へ訪れる場合、日本海沿いを通って関東を経由しない事が多く、富山ブラックに見るラーメンもそんな所からも理解できる。
都内に初お目見えしたオープン時は知らないが、今日ここで口にしたラーメンは勢いを感じるラーメンで、それは気が付けば完食だった。
今でこそ都と言えば東京だが、長い日本の歴史からもラーメンはしばしば、左右されているのかも知れない。いやいや、もうズバン!と良かった、ウマウマだった。
(左フォト) 末廣中華そば(大)/セットヤキメシ/卓上キザミねぎ/店舗外観 (2009.08.30)
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