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いつのまにか枯れ葉も多めに地面へ落ちていて、気温もようやく晴れても二十度前後と更なる秋深しとなって来た、十月後半休日の日曜日の午前中であった。
私がまだ二十代の頃の東京近郊の各駅周辺と言えば、たまにあるラーメン店は殆どがチェーン店で、街には多くの中華料理店が建ち並び、コース料理を提供する中国料理店にどこかオーラを感じたものであった。
今でも中華料理店と中国料理店は、店名の冠がどうであろうと何処かで線を引いていて、それは誰しもがそんな風に意識を抱いている筈だと思う。
中華料理店はなんとなく下町の風情に馴染んでいて、油がまみれた厚手の紙に手書きで書かれた料理を、厨房の店主に聞こえるように大声で注文する感じであるし、一方の中国料理店は高級住宅地や高層ビルの最上階等にあって、真っ白で清潔なテーブルクロスの上で、中国語と英語で書いてある料理をメニューから選んで楽しむイメージがあると思う。
そんな中華に対しての思いを描いている内に、そんな中でそのどちらとも言えない未訪店で行きたかったこちらのお店が思い浮かび、出掛ける事にしたそんな日であった。
JRで市川からまた総武・横須賀線電車に乗車。両国に近づく頃何時ものように地下路線へ進入して行く。東京に到着すると半分以上の乗客が下車し、ゆったり四人掛けシートを占有しつつ、電車は品川の手前で地下から抜け出した。
湿度も低く爽やかな晴天の陽光に満ちた大空が広がっていた。横浜で京浜東北線電車に乗り換え石川町を過ぎると、都会を走って来た電車とは思えないトンネルに入り、そこを抜け切る頃速度を落とした電車は山手駅に到着する。
改札を出て前の道を右手へ進んで行くと、長い一本道だが起伏も無くスムーズな道程で、突き当りの大通りを左折してしばらく歩いて行くと店頭が見えて来て到着。何とも言えない風情のある店先で、大正七年創業の90年もの歴史がある、横浜の山手にある中国料理の名店だ。
中へ入って行くと盛況な客席の店内が広がっていた。見ると二つの建物が中で繋がっており、単独入店客を著わす指一本を立てると、奥の建物の方へ案内された。
入店した建物が昭和初期の風情のある佇まいなら、奥は横浜山手の格式のある高級中華レストランと言った雰囲気だった。そこでネギソバに、シュウマイ一皿もオーダー。
六人位着席できる丸テーブルには、白いテーブルクロスが掛けられ、どうやら予約客向けのフロアーらしく、後からそんな感じの方々が案内を受けて入って来た。
相席で腰掛けた私だが相席した方が喫煙と飲酒を始めてしまい、お店の方にさりげなくお詫びして席の移動をお願いすると快く受けて頂き、風情ある佇まいの入店したフロアーにまた移動して着席。
そこは中途半端な場所にあるテーブル席で、一人しか席がないので自分にとってはベストな席であった。程なくシュウマイが来て、小皿に醤油を垂らし洋辛子で口にすれば、まずここで結構な美味しさに舌鼓を打った。
そしてついに来ました待望のネギソバ。それではと行かせて貰えば、もうもうもう、いやいやいやいや、美味い美味い美味い美味い美味い美味い美味い。ここ数年のすこぶる好評さに来て見れば、これは来て大正解な美味しさ。
期待したイメージ以上の美味しさでそんなオーラさえも感じられ、長い月日があろうともその昔と同じ評判にはその変わらない美味しさが伴っているものだと思う。
胡椒のさりげなさとネギのさりげなさが何とも絶妙なバランスで、食紅が付いたチャーシューに遥かな時代と言う名の調味料にさえ、うま味となっていたように思えた気がした。
ところで余談だが、こちらの店名は「奇珍楼」であるが店頭の看板は「奇珍」となっており、 どちらが正しい店名なのか不思議に思った方もおられると思うが、
「樓(楼)」とは二階建て以上の建物や飲食が出来る店舗の事で、そんな奇珍ゆえに奇珍楼となるわけだ。あえて言えば、どちらでも正しい店名と言えた。
また実際のところ中華料理店とも中国料理店とも言えない、こちらのようなお店は国内至る所にあり、夫々が夫々に魅力あるその風情を保って今日も人を惹きつけている。もう気が付けば完食である。いやいやいやいや、良かった美味かった。
(左フォト) ネギソバ/シュウマイ一皿/店舗外観 (2009.10.18) |