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青空から注ぐ陽射しはまだ夏を思わせてそれだけに横須賀線電車の弱冷房が心地良かった、ともあれ秋は深まっているはずの十月神無月前半の休日木曜日だった。
時に「汽笛一声新橋を」で始まる鉄道唱歌で知られるように、日本の鉄道は1872年の明治五年に新橋〜横浜間が開通したことに始まる。
横浜駅とは現在の大ターミナル横浜駅とは違ってJR根岸線桜木町駅のことであり、さぞかし当時は物見遊山で周辺は今のスカイツリーのように賑わったことだろう。
そう言えばそんな桜木町駅周辺のラーメン店を、まだ紹介していなかった。そんなわけで今回そんな桜木町駅周辺のラーメン店をネットで探して出掛けることにした。
すると日本で最初にギョーザを売り出した説があると言う、そんなこちらを見つけて立ちどころに気になるところとなった。中国山東省出身の陳さんが手掛ける、そんな昭和24年創業の中華店らしい。
日本の餃子について調べて見ると、一般的にその普及は戦後まもない頃からと言われ、太平洋戦争が終わって中国で料理を覚えた兵隊が広めて行ったらしい。
浜松の東海菜館や、神田のスヰートポーヅなど諸説が色々とあるようだが定かではないようだ。ともあれそれだけ長い歴史を有するこちらだけに、やはり気になるところとなって本日出掛けることにした。
と言うわけでまた横須賀線直通快速電車を利用して、横浜で京浜東北線電車に乗り換え根岸線の桜木町駅へやって来た。
駅前の桜木町ぴおシティの裏手の路地で営業するこちらで、大きな交差点をジグザグと歩いて行き、野毛小路と名が付いた通りにある店頭へ到着すると何とも風情よく佇んでいた。
店先では先述した日本初の餃子のことをアピールするでもなく、ごくありふれた何処にでもありそうなそんな街中の中華店だった。
さっそく入店すると長いカウンターが奥まで延びる、鰻の寝床のようなフロアが広がっていた。
入口寄りに先客が結構な人数おられたので、空いていた一番奥寄りのカウンター席に腰掛け、メニューリストからタンメンとそこはやっぱりの餃子もオーダー。
以前は伊勢佐木町や駅前の桜木町ぴおシティ内にも支店があったようだがすでに閉店しており、メニューブックには戸部店が紹介されていたがそちらもやはり閉店した様子。
直ぐそばの花咲町に位置する放題亭は営業しているのかと思ったが、確認するとたまたまなのだろうか休業していた。
老練の店主は二代目となるそうで、その店主に似た雰囲気の若い方がおられたが、もしかしたら三代目なのかも知れない。
さりげなく二代目店主に、最初に餃子を販売した店らしいですねと話題を振ると、笑顔でよくご存じですねと言う言葉が返って来た。
店頭どころか店内にも全くそうしたことを記述する案内はなく、それをウリにすることなく営業するこちらであった。それがより信憑性の高さを不思議と感じさせた。程なく到着。
それではとタンメンから行かせて貰えば、軽くニンニクが香る良き昭和の風情が表出した素敵な味わい。餃子もまた横浜中華街で口にした肉まんの肉餡を連想させる風合いが何処かあって絶大にどちらも素晴らしかった。
萬里と言うと秋葉原に同じ店名があったが、もちろん全く関係ないようだ。気がつけば完食。いや、老舗中華店らしい風情が豊かでとてもかなり美味しいタンメンと焼餃子だった。
(左フォト) タンメン/焼餃子/店舗外観 (2013.10.10)
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ぎょうざ・北京料理 萬里 (バンリ)
住所:神奈川県横浜市中区野毛町2-71 TEL045-231-8011
定休日:年中無休 営業時間:平日11:30〜22:00/土日祝11:30〜22:30
アクセス:JR根岸線(京浜東北線)桜木町駅下車。改札を出たら右手に出て行き、音楽通り交差点
先の二つ目の左路地を入り二つ目の十字路を右折して程ない右側にあり。
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桜木町駅前ぴおシティにも支店が営業していた。 |

店先にはサンプルショーケースがあった。 |

同じ野毛小路内のすぐ傍には支店の放題亭が。 |
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