中華 珍々軒 東京・上野



曇りがちの天候の所為か、ひとひらのそよ風が大気と融合するように気温を幾分下げていた、ともあれそこは今日もかなり暑い八月葉月も後半となって来た週末の土曜日。

今日も仕事が終わって外に出れば、湿度が高めなものの夜風が涼しい分過ごし易かった午後七時過ぎだった。

上野界隈の訪問が続いているがその店先を先日通ったこともあって、ふとまたあの東京ラーメンを口にしたくなり、二年ぶりとなるこちらへ再訪することにした。

というわけでまた上野駅を不忍口から出て、横断歩道を渡って二つの高架線の合い間にぽっかりと空いた、そんな夜空を見上げながら呑み屋街を歩いてその店頭へやって来た。

こちらもまたどちらかと言えば、呑み屋のような飲食店と言えるのかも知れないが、れっきとした老舗中華店のこちらだ。店頭にテーブルが置かれて屋台のようになったその風情を見てしまうと、また入りたくなってしまうのもあったことだろう。

店先を軽く撮影してから、お店の方に目配せしながら入ると、カウンター席辺りに手をあてがって、そこへ促される感じで進みその一番奥の席に腰掛けた。直ぐにメニューリストが来て、そこからワンタンメンとチャーハンをオーダーすることにした。

使い込んだカウンターは所々禿げていて、味のあるカウンターテーブル席になっていた。隣りは壁面で見上げるとそこには東京都台東区台東保健所が発行した、平成26年10月31日まで有効の営業許可証が額縁に入れられて掛けてあった。

以前のレポートで昭和23年創業と触れているがその昔は飴屋を営んでいたようで、昭和37年よりこの稼業となったこちらのようだ。程なく到着。

それではと行かせて貰えば、やはり豚骨のダシが昼間より効いているぶん生姜が引っ込んだ味わい。

鶏ガラと豚足を丁寧にアクを取りながら3時間炊いたスープだそう。ワンタンは肉餡を微量だけ入れて、平たく潰したワンタンが多めに入るもの。その独特さがまたいい。

チャーシューがまた切なくなるほど素敵で、青臭いインゲンが何とも合っていた。麺がまたなかなかの持ち味があって、それは果てなく良かった。気がつけば完食。いや、やはりかなり果てなく実に良かった、そんなワンタンメンと炒飯だった。

(左フォト) ワンタンメン/炒飯 (2013.08.17)


 中華 珍々軒

 住所:東京都台東区上野6-12-2 TEL03-3832-3988 定休日:月曜日 営業時間:9:30〜20:30

 アクセス:JR上野駅不忍口下車。目の前の幅広の横断歩道を渡って高架線と高架線の間にある
       道路を200mほど歩いた左側にあり。



アメ横商店街と反対側のガード下を歩いて行く。

昭和23年飴屋として創業したこちらだ。

現在の稼業は昭和37年から始めたらしい。

歴史が刻まれたようなカウンターテーブル。

奥にあった台東区台東保健所発行の営業許可証。

呑み屋が多く建ち並ぶ周辺の夜の風景。






落葉樹の枯れ葉の数がいつの間にか加速して、竜宮城から帰って来た浦島太郎の気分となる程に、ここ数日で急速に秋が深まった景色を見る事となった10月後半の木曜日だった。


本来は休日の本日だが午前中だけ会議があると言う事で、背広を着て出掛けて御徒町でミーティング的な会議に出席した。

それも滞りなく済んで4〜5人で食事をとる事になり、中華の食事でもするかとなった時、一人の方が中華ならいい場所があるとなってそこへ向かう事となった。

春日通りを越えてアメ横を歩いて進んで行き、もうすぐ上野駅と言う頃山手線のガードを潜って目的地へ到着した我々一行だった。


看板を見上げると聞いた事があるこちらの店名が目の前に大きく表記されていて、何度となく行きたいと思いながらもまだ訪問していなかっただけに自分的には大変嬉しい結果となった。

歩いている途中ワケあって今日は麺休日でもいいなと思っていたが、これで名店と言われているこちらのラーメンとはたまらなく良かった次第だった。

そんなわけでしばし店頭で入店を待ち、お店の方に促されてから空いたカウンター席に腰掛け、メニューから私はラーメンとチャーハンをお願いした。

人気ラーメン本トーキョーノスタルジックラーメンでも紹介されていた、昭和23年創業のタンメンで有名な老舗中華店のこちらだ。

ここにみんなを案内してくれた方は、こちらに高校時代からよく来ていたそう。近くに有名な餃子店があるらしく、そこと共に良く立ち寄ったのだそう。

店の外にもテーブルが並べられて、入れ替わり立ち代わり客がひっきりなし。やはりタンメンをオーダーをする方が多かった。程なく到着。


それはと行かせて貰えば、その昔秋葉原駅電気街口そばにあった、いすずを思い出す生姜が前に来る味わい。

そう言えばそのラーメンをプロデュースした青龍店主もそう遠くない場所におられる。

豚骨清湯ベースの味わいが口に広がるものの、これが鶏ガラと豚足等をベースにしたスープだそうで、香味野菜らしい生姜が奥深く感じられる良き時代の昭和東京醤油ラーメンだ。

厨房内にあった麺箱には、林家の文字が刻まれていた。なるほどその中細ちぢれ麺は、さすがな良さを示していた。

豚もも肉らしいチャーシューがまた美味しく、そこにメンマ・サヤエンドウが入り、刻みネギが適度に散らされて実に美味しいラーメンだった。 

キュウリの浅漬けが付いて来たチャーハンも、その香ばしさがまた素晴らしく、見た目は大衆中華らしさ全開だったが癖になりそうな奥深い味わいがたまらない美味しさと言えた。


場所は上野駅から御徒町寄りに200m弱ほど進んだガード下界隈にあるこちらだ。

東北の玄関駅と言われた上野だけにその昔走った集団就職列車で上京した、多くの金の卵と言われた方々がこちらでラーメンをすすった事だろう。

秋葉原家電量販店勤務時代初代中華松楽に連れて行ってくれた先輩も、そんな集団就職列車で山形から上京して来た方だけに、そんな事を思い浮かべると感慨深いものがあった。

そんな昭和30年代に多く見られた集団就職も、昭和40年代になると経済も安定するようになり、次第にその勢いがなくなって行った。


気がつけば完食。青島食堂さえも再燃された程の美味しさで、その盛況さが理解できた。いや、とんでもなくかなり果てなく良かった。絶対美味し。

(左フォト) ラーメン/炒飯/店頭外観 (2011.10.20)