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夜明けまで降り続いた雨も、午前の早い時間には止んだようで、曇り空が広がる天候であるものの折り畳み傘を使う気配も感じず、冬色の空に何処か早春さえも感じそうなほど、寒くもなかった二月中旬の金曜日であった。
しばらく前から秋葉原には昭和通りから路地を入って行った場所に、新潟長岡から青島食堂がやって来て連日盛況を極めている。生姜を前面に利かせた醤油ラーメンで、何故ここまで混んでいるのか不思議に思う方もおられるかも知れない。
もちろん青島食堂さんのラーメンが美味いからであるのが第一だが、それとは別に以前秋葉原の駅前に「いすず」があり、少し駅から離れた場所に「ラーメン小林」が存在していた事も、起因の一つにあると私は考えている。そう言えばこちらもあちらも、「青」の一文字が入っており奇遇と言うしかない。
そんな「ラーメン小林」を営業して、「いすず」をプロデュースした店主が、店名を改めて浅草で営業を始めた後で再移転して居を構えているのがこちらだ。
しばらく行かないと本当に行き辛くなり、でも行きたいしなどと考えていたらもう4年近くが経過してしまい、とにかくまたあの美味しいラーメンをまた愉しみたいと言う事で本日こそ出掛ける事にした。そう思って行かなかった日は、数知れずとなっていた今日この頃だった。
そんなわけで、秋葉原で京浜東北線快速電車の方に乗車して、上野駅のプラットホームに降りた。「ふるさとの、訛なつかし停車場の、人ごみの中にそを聴きにゆく」と啄木に詠わせた駅で、小学校高学年の頃から10代後半まで、夜も明けない早朝から特急電車をよく撮影に来た駅だ。
上野駅は子供の頃に初めて行った時には、既に高さが2段に分かれていた。そんな下のホームの方へ歩いて行くと、ふと特急電車が目に飛び込み、普段はラーメンを撮影しているデジカメで、久々子供に戻ったような気持ちになってシャッターを押していた。もうあれから三十年も経っているのかと気がつく。
そんな後で、よく知るこちらの店頭へやって来た。あまりにも久々で、なんか入り辛い。やっぱり恥ずかしい。まるで疎遠になった遠い親戚と、20年ぶりに会う時のようだった。ともあれ挨拶せずに、普通の流れ客のように、さりげなく店内へ入って行く私だった。決して来たくなかったわけでも無く、タイミングを逸すると、こんなものだと感じながら。
そんな調子で来たからほぼ正午の時間で、一番込み合う時間帯になってしまい、全席が埋まり二人の待ち客の後ろに着いた。厨房では店主たちが多忙をきわめていた。奥さんにもさりげなくオーダーを聞かれ、さりげなくチャーシューメンを大盛りでお願いして、ランチタイムは半ライスか味玉子がサービスの案内に、さりげなく半ライスの方でとお願いした。
まもなくすると順番となって、先客が帰って行った空いた席に腰掛け、少し間を置いてから「久々来ました」と告げると、やはり私が来た事に気が付いておられ、なぜか不思議と顔が赤くなる私であった。
それにしても知らないうちに、随分前から「東京らぁめん」の冠が、付いていたこちらであった。麺はもちろんこちらは浅草開化楼で、麺箱が変わらず誇らしげに置いてあった。程なく到着。
それではと行かせて貰えばそれはもう、いやいやいやいやいやいやいやいや、もう美味い美味い美味い美味い美味い美味い美味い美味い美味い美味い美味い美味い美味い美味い美味い美味い。
久々過ぎる程のこちらのチャーシューメン。不思議とつい先日にも、口にした感覚がやって来た。いいラーメンとは、いつもそんなものである。それは少し前のラーメンに似ていると言う事でなく、そうした気にさせてくれると言うものだ。
ガラス戸のきしむ音が何処からともなく聞こえて来て、すきま風が背中から頬をつたって来た、あのラーメン小林の店内がまるで目前に広がっている感覚に襲われる程の、生姜感がズバッと来たチャーシューメンであった。
しかもチャーシューも小林時代を彷彿としていて、思わず来て良かったと感じた、それは懐かしいラーメンであった。ちょっと油感は、少なめだったが(おいおい)。何かに吸い込まれるように没頭して口にして行き、それはそれはそれは、気が付けば完食だった。
さぁおつりなしで気持ち良く帰りたいものだ。小銭入れを見ると百円玉が殆ど無く、やむ得ず千円札かと財布を開けば無情にも五千円札オンリーで、もう心はボロボロに打ちひしがれたのであった。それにしても美味し、チャーシューメン大盛だった。
ふと心の故郷とも言えた、ラーメンに思えた良さを実感していた。 ああ 誰か故郷を想わざる♪
(左フォト) チャーシューメン大盛/店舗入り口/店頭外観 (2010.02.12)
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東京らぁめん 青龍(せいりゅう) ※ラーメン小林@秋葉原の店主が営むラーメン店です。
住所:東京都台東区東上野3-39-7長春堂ビル1階
定休日:日曜日 営業時間:11:00〜24:00 ※土曜・祝日〜20:00
アクセス:JR上野駅浅草口・東上野口下車。スカイウォークで昭和通りの奥の方まで進んで
降り、浅草通りに出て浅草方面に20m程歩いた直ぐ右側の白いビル1階にあり。
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| 2010.02.12 海外の駅のような最寄駅の上野駅中央改札口周辺。 |
2010.02.12 最寄駅の上野駅15番線ホーム前にある石川啄木の歌碑。 |
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今日は営業ルートもあって、久々こちらへ入店する事にした。秋葉原にあったお店で、浅草を経てこちらに構えている。そもそも、浅草開化楼を初めて知ったお店でもある。
正午近くに入るとこれが盛況で、後続も続き待ち客も出来る人気店。タイミング良く座る事が出来て、チャーシューメン大盛でお願いする。半ライスか味玉が選べ、味玉の方にして貰う。お忙しい中、奥さんと店主には、ご挨拶出来た。程なく到着。
いや、相も変わらず旨い旨い。前より麺が少し太くなっていた気がした。チャーシューも、やつぱり良い。チャーシュー六枚が、綺麗に並んでいるのが嬉しかった。気が付けば完食。いや、良かった。
(2005.12.19) |
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開化楼で思い出したこちらへ、久々に入店する。座席に着いても、お店の方々はフリー客を見る素振り(行かない方が悪い)。チャーシューメン大盛をお願いして、半ライスと味玉どちらかのサービスは、味玉をお願いする。程なく到着。
デジカメで撮影すると、「あ、どうも」となった。「ナルトが沈んじゃったなぁ」と残念がっておられたのだった。やや柔らかめの中太やや細ちぢれの麺が、独特の生姜感を持つスープを絡め、目をつむればあの狭いラーメン小林に座っている錯覚に陥らせてくれる。風の強い日は、ガラス戸がガタガタと鳴った。
最近、以前秋葉原に縁のある某落語家の方が、自サイトでこちらを紹介してくれた事とか、TBSラジオでも紹介してくれた事を教えて頂いた。既に後続客が絶えない、上野駅前の顔のひとつとなっていた。昔秋葉原駅前にあった「いすず」のラーメンをプロデユースした店主。「いすず」は当初、焼き鳥屋だったらしい。
(2004.11.25) |
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明日は月末なので、今日がお休みだったりする。そんな昨夜、一本のメールが着信したのであった。何と、こちらのお店のお兄さんからで、浅草から上野に移転しましたとあり、新住所が記載されていた。先日、元の場所に新しいラーメン店が出来たという情報がネットであり、驚いた矢先である。でもその後移転した事が判り、胸を撫で下ろしたのであった。でも、どこ?となった所だけに、嬉しさひとしおなのであった。そんな訳で、今日は悩む事無く、上野駅へと向かう。
13歳の頃の僕は日曜日になると、お下がりのフィルムカメラを携え、夜も明け切らない上野駅に行き、電車や気動車を撮影するのが楽しみな少年であった。その昔は集団就職で、当時夢を持った少年が降り立つ駅でもあったりした。そんな方たちも、既に定年退職を迎えた平成の現代。出会いと別れの北の玄関駅、ああ上野駅である。歌にもある。「上野は俺らの心の駅だ」と。
そんな上野駅へ降り立ち、大通りを浅草へ向かうと、すぐ右側にこちらの看板が、比較的新しい雑居ビルの一階にあった。店内は正午過ぎもあって盛況。入るとすぐ気が付いて頂きご挨拶。ちらっとメニューを見てから、チャーシュー麺800円をお願いする。ランチタイム時は半ライスか煮玉子の嬉しいサービスがあり、煮玉子にして貰う。移転の経緯をお聞きすると、場所がこちらのお店にとって良くなく、流行らなかったそうで、幸いかなり好立地のこの場所を見つけ、5/26にリオープンしたらしい。程なく到着。
う〜ん、これはやつぱり、旨い旨い旨い。今思えば浅草のお店は、高級割烹の店内の雰囲気があって、どこか大衆的要素が無かったが、このいかにもの大衆的雰囲気が、このラーメンにはとても合っていて、その美味しさを倍加させていた。
生姜がぴりっと来るまで感じる嬉しい醤油スープである。麺箱には浅草開化楼の文字が燦然と輝く旨い麺。チャーシューがもうやつぱり柔らかく程よい弾力感とその大きさ。気がつけば完食の感動的一杯を堪能したのであった。精算して外に出ると、夏色の空から厳しい陽射しが照りつけていた。上野駅も時代と共に変わって行く。
(2004.06.29) |
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| ※以下は台東区浅草2-11-7国際通り沿いの浅草時代。 |
浅草。それは生まれて最初に知った東京だった。千葉・市川で出生して、昭和40年前半に親に連れられて来た街である。印象は今とは随分違い、バラックが密集して汚い街という感じで、同じ時代にあった市川河川敷の京成鉄橋下にあった朝鮮部落とオーバーラップする。
最近、花やしきが会社更正法の申請をして時代を感じたが、根本的には昔から何度と無く訪れている東京で一番好きな街である。そんな浅草に浅草開化楼の麺を使用して、秋葉原にあったラーメン小林が店名を変え、昨年暮れに移転した。そろそろ落ち着いた頃だろうと足を向ける事にした。昨日は南国九州の街が雪にまみれている姿がTVに映し出されていたが、まるで信じられ無い位に東京は快晴。
浅草橋経由で都営浅草線浅草駅で下車。外に出ると日差しがまぶしい。浅草寺の赤くばかでかい提灯の前を通り過ぎ、新仲見世通りから国際通りに出る。ロック座の前を通りしばらく歩くと大きい白木看板に粋な大きさで店名があった。
入口横の垂れ幕に、「極上スープに秘伝のタレ」とあり、これではどこかのチェーン系の店先と変わらず、現代においてはマイナスイメージにしかならない感じ。店内に入ると真新しい一本のカウンタ。店内の芳香はラーメン小林のそれと変わらない良い香り。知っている方がおられ、「ここ、ラーメン小林ですよね?」と話しかけると、手厚い歓迎を受ける。
結構、秋葉原のお店を知る人が、日に一人以上は来られているらしい。やはり名店の域に入るお店である。つい最近までは夕方から営業していたそうだが、売上げが厳しいのもあって昼から始め、中休み無しで深夜の午前二時まで営業しているそうだ。
メニューを見ると、味噌ラーメンも始めた様だが、やっぱりこちらの王道の東京醤油が恋しくて来たので、それのチャーシューメンでお願いする。東京醤油の老舗のお店、来集軒もそう遠く無い所にあるそうで味も近いらしい。程なく到着。
湯(スープ)は、厨房が良くなった分、進化した感のある味わい深いもの。豚骨、豚足、鶏ガラに香味野菜をじっくり煮詰めたそうで、以前より生姜が引き下がる程に旨みが増した感がある。麺もこれぞ開化楼の中細ややちぢれ。特注で無いにせよ、イージーオーダー的に麺をスープに合わせて用意してくれるらしい。
ラードも何故かカウンタが綺麗な所で食べると、より洗練された様な気になるから不思議である。チャーシューも脂身が交じる分大変良い。大感動の内に気が付けば完食。これぞ無化調の東京醤油という一杯を堪能出来た。
挨拶をして外に出て、ふと振り返ると外に出て手を振ってくれていた。おじぎをする。おや?何か言っている。聞き耳を立てると、こう言っていた。「お客さん、おカネェー」 ・・・・・・……。お金を払うのを忘れていたのであった。
(2004.01.23) |