中野大勝軒 東京・中野



澄み渡る青空から爽やかな陽射しが注いで、新緑の眩しい輝きに夏至の空を見た気がした風薫る五月皐月後半の日曜日。

今日も仕事が終わって外に出れば、今夜も過ごし易いそんな午後七時過ぎだった。日曜日は仕事の関係で既訪店と決めていて、ふとこちらが想い浮かんで仕事帰り立ち寄ることにした。

と言うわけで三年ぶりに、こちらの店頭へやって来た。見ると店舗手前空き地の金属の高い塀が取り払われており、こちらの店内が良く見える店先だった。

入ろうとすると入口横の案内に漫画の原稿が二枚貼られてあり、その内容をよく見るとこちらの店頭が描かれていた。

そんな漫画原稿を横目に入店して行き、背を向けている券売機の前に立ち、チャーシューメンに味タマゴのボタンを選んで連打した。

一番奥左寄りのカウンター席に冷水が注がれたコップが用意されており、そこに促されていることに気づいて腰掛けた。チケットを手渡すと太麺で良いかの確認があり、思わずそれでお願いした。

以前は塀の所為で外が見えず、地下にでもあるような殺風景な店内だったが、現在は目の前の通りを行き来するクルマやバスのヘッドライトやテールランプが見えて駅周辺に居ることが実感出来た。

以前は丸井が所有していた土地だったそうで、所有主が変わり金属の塀が取り払われたのだそう。

ふと見上げた場所には、昭和26年創業当初の建物のフォトが大事そうに飾られていた。

そこにはここからそう遠くない中野区中央五丁目で開業したことが記されていた。店頭の通りをさらに青梅街へ向かって歩いて行った場所のようだった。程なく到着。

それではと行かせて貰えば、そこはもう絶大に素晴らしい味わいがたまらないもの。昭和26年創業の連綿と続く暖簾を守る大事な継承が続いていることが理解できた。

それだけに、気がつけば完食。いや、かなり果てなく絶大にとんでもなく何処までも良かった。

(左フォト) チャーシューメン+味タマゴ/今宵の店舗 (2014.05.18)


 中野大勝軒 (なかのたいしょうけん)  

 住所:東京都中野区中野3-33-13  TEL03-3384-9234  ※公式サイトはこちら

 定休日:水曜日  営業時間:10:30〜21:00

 アクセス:JR中央線中野駅南口下車。ガードを潜る中野通り(都道420号)を、中野五差路・青梅
       街道方面へ2分程進んで行った右側。



店頭にこちらを紹介する漫画の原稿が張られてあった。

隣りの所有主が変わり金属の塀が取り払われたそう。

中野区中央五丁目で開業した当時のフォトがあった。




今日も朝から雨滴が夏の煌めきを奪う如く見上げた空から降り続いて、早く明けた梅雨明けの穴埋めをするかのような首都圏の変わらない天候の7月末日の週明け日曜日。

そんな月末の仕事が終わって外に出れば、雨が上がってそんな気候もあっていつもよりまた涼しい今宵であった。

中野の食べ歩きが続いているが、こう続いてしまうと今日はこちらとなるもので、店名に誘われるようにしてまた中野で途中下車してやって来た。

店先のインフォメーションボードには、来月の8日月曜日から10日水曜日まで臨時休業する旨が謳われていた。

早速入店するとほぼ満員の店内で、有線放送からムードミュージックのような音楽が流れていた。券売機の前に立ってやはりラーメンの方かなとなった。

そんな折りビジュアルフォトがあったスペシャルラーメンなるボタンを見つけ、特製のようなそれにその気になってそのボタンを押すことにした。

チケットを手にとって振り向くと入り口辺りの空き席が落ち着けそうだったので、そこに腰を降ろしながらチケットをお店の方に手渡した。

細麺か太麺の確認に、ああそうだったとなってまた太麺でお願いした。ふと周囲を見ると、そう若くはないカップルがぼそぼそと何かを語り合っていた。

昭和の香りがする歌謡曲とも言えそうなムードミュージックが、その声を打ち消すようにやや大きな音量で流れていたものの、うるさいと言う程でも無かった。程なく到着。

ひと昔前の特製と言えばスペシャルラーメンで、前後して店名を冠にしたラーメンだったりしたものだ。そんな時代が、確かに存在したものだ。

特製のメニュー名自体は、遅くとも昭和後期に今と同じ意味合いでラーメン店で利用されている。

やはりチャーシューと味玉子が入るラーメンだったが、違うところと言えばメンマがやけに多めに入っている事だろうか。

最近のラーメンは飾り付けを優先したり、原価を気にし過ぎるあまりメンマをそんなに入れないケースが目立っているのかも知れない。

それではと行かせて貰えば、日本のザ・スタンダードと呼びたい程に美味しいラーメン。チャーシューがやはりとでもない美味しさ。

もうそれは気がつけば完食だった。いや、かなりとっても大変良かった。

(左フォト) スペシャルラーメン/拡大画像 (2011.07.31)






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移ろいがちな梅雨空に傘が手放せない日々が続く、いつ降り出してもおかしくない薄曇りの空が広がっていた6月後半の日曜日。

そんな今日も仕事が終わって外に出れば、湿度が高いものの雨が落ちて来ることはまず無かった今夜だった。

中央線上り東京方面のプラットホームに降りると、停車駅の少ない特別快速が入線して来た事もあってこちらと言う気分になり、会社帰りまた中野で途中下車してやって来た。

入店して券売機に立って以前気になっていた、とんこつつけそばの大盛を選択。それが680円だった事もあって、200円表記の肩ロース焼豚のボタンにも手が伸びた。

丁度店主の前のカウンター席が空いていたので、チケットをカウンタに置いてからそこへ腰を降ろした。

白濁になった豚骨スープを別にとっている風でもなかったので、やって来るスタイルは察しがついていたがドンブリを見ていると推測通りの調整方法のものだった。

前回来た時にテレビで紹介される案内があったのでそれを控えていて当日チャンネルを合わせれば、AKB総選挙の開票当日で開票結果の特別番組をやっていてお目当ての放映は流れていたようだった。

その事を店主に話すと、翌週にちゃんと放映されたそう。国立の栄龍軒に行った事を話すと、閉店した事はもちろん知っておられた。

他にも閉店してしまった店があるそうで、高田馬場の大勝軒も、とっくに営業を止めてしまったらしい。程なく到着。

清湯豚骨スープを意図的に白濁させて味わいを近づけたものにガーリックが感じられる仕様で、これがやはり素晴らしい太麺もあって好きになれる美味しさ。

肩ロースチャーシューがまためちゃくちゃ良かった。大盛麺量も嬉しい盛りながら、満足度の高さから気がつけば完食だった。いや、やはりかなり、とても美味しかった。

(左フォト) とんこつつけそば大盛+肩ロース焼豚(汁・麺) (2011.06.19)


朝方は昨日の天気をトレースしたような大空から、また淡い陽射しが街に射していた、そんな6月上旬週明けの日曜日。今日も仕事が終わって外に出れば、梅雨どきらしくまた霧雨滴る今宵だった。

先日こちらへ訪れてその良さから今までそう来て無かった事を後悔してしまうくらいだったので、また会社帰り中野で途中下車してやって来た。

入店しようとすると店先に芸能人のサインが貼られていたのが目に留まった。見るとどうやら最近番組収録でサインをした矢口真理さんがいらしたよう。

そう遠くない今月10日金曜日TBSテレビにて、深夜1時25分より放映される番組「ザキ神っ!」で、こちらが紹介されるようだった。

そんな事を確認しながら入店して背中を向けている券売機に回り込み、ボタンを見回してからその中の豚バラつけそば大盛を選び、お店の方にチケットを手渡してから目の前の席へ腰を降ろした。

座った位置もあってか前回来た時は気がつかなかったが、ふと何気なく壁を見るとファミリーマートでこちらのつけそばが地域限定で販売されたらしくそれを紹介する大判のポスターが貼られいた。

そこには坂口光男店主のお名前とフォトがあり、今チケットを手渡した方が店主だった事に気付かされた。大勝軒創業者と言えば坂口正安氏で、お名前からして当たり前と言えば当たり前だった。

そう言えば少し前に丸長のれん会の会長に就いている丸長@桜新町の店主のお店が閉店してしまったようだが、そこら辺がどうなったのか坂口店主にお聞きして見たところ閉店しても会長職はそのままだと言う事を教えて頂いた。

その際に桜新町の地名が直ぐに出なかったのが幸いして、券売機の上に有った二年前に作成したらしい丸長のれん会創立50周年記念パンフレットを貰う事が出来た。

それをきっかけに丸長@勝田台が休業している事について触れて見ると、創業店主が他界されてしまった事だけが判った。

パンフレットには二年前現在の丸長のれん会グループの店舗一覧が記されており裏面には全面を使って首都圏の路線図が付記されていて大凡の場所が店舗を示す数字で表されていた。

創業当時の五人のお名前が連ねられており、その下には「食は命なり 食間違ふとき 病発す 病発しても食正しければ 病を治す よって之医食同源なり」とあり、当時この医食同源を旗印に営業していた事が伺われた。程なく到着。

なんとなまめかしい太麺な事なのか。それではと行かせて貰えば、それはとんでもなく素晴らしい太麺で、しばしの間つけ汁しか見えない状態に陥りながらその世界に没頭していた程であった。

それは小宇宙創生の輝きを見ているような感動に包まれる、そんな美味しさと言っても過言にならない程の良さだった。大盛麺量がなかなかなるも気がつけば麺が消えた。スープ割りも素敵だった。いや、とんでもなくとってもかなり良かった。

(左フォト) 豚バラつけそば大盛(汁・麺) (2011.06.05)


朝遅い通勤電車に挿す陽射しにも、初夏に感じる潤いが見え隠れしていた5月半ばの週末の土曜日。そんな今日も仕事が終わって外に出れば、また穏やかなやや気温の高いそんな今夜だった。

ふとこちらの気分となって、会社帰り中野で途中下車して店頭へやって来た。丸長に端を発する大勝軒のこちらで、東池袋大勝軒の山岸マスターが独立前に店長をされていた事はあまりにも有名なお店だ。

丸長のれん会のサイトでも触れているように大勝軒には4つの系統があり、明治末期に誕生した人形町(日本橋)系大勝軒が元祖の大勝軒ならば、丸長系大勝軒のこちらは山岸マスターが初めてもりそばを提供したその元祖のお店だ。

ちなみに東池袋系ではもりそばだが、丸長系ではつけそばと言うメニュー名で、そんな事もあってか系統を分けて考える方が多いのも条理だと思う。

そんなわけでちょっとあって何時もよりやや仕事で疲れた体を引きずるようにして久々のこちらへ入店した。盛況な店内で殆どの席が埋まっていたが、左奥に空いたカウンター席を見つけて腰を降ろした。

ちょうど目の前にお店の方がおられて早速に目があったと思ったら、背中にある券売機でチケットを買うように促されて、あれ?そうだったかとなった。

入り口から見てやや背を向けた場所にある券売機で、二年前の前回は直ぐ気付いたようだが今回は気がつかなかった。

しばらく前からこちらのつけそばならぬラーメンを味わって見たかったので、チャーシューメンの大盛に直ぐ決まってそのボタンを選んだ。

振り返ってチケットをその方に手渡すと太麺か細麺を選べるそうで、そこはもちろん太麺でお願いした私だった。先客の殆どの方は、元祖つけそばの店もあってかつけそばを口にしていた。

後続客が隣りに座ったかと思えば1分以内につけそばがやって来て、つけそばにするとそんな風に早く来るようだった。

とは言えチャーシューメンもそう遅くはなかった。程なく到着。確か750円のチャーシューメン大盛だったが、目の前に来たそれは大抵のラーメンよりは遥かに光り輝くものだった。

それではと行かせて貰えば、これがもうなかなかに満足度の高いラーメン。忘れかけた日本の風物詩に、久々出会った時のように心が和む美味しさと言えた。

太麺はやはりつけそばの麺だそうで香味油か出汁に浮く油の投入調整で、スープと麺の相性をよくしているようでさすがと言える所だった。

ビジュアル的にも東池袋と似ているチャーシューだなと思ったが、実際に口にしてみてもルーツは同じな事が伺えたそんなチャーシューだった。かなりの麺量ながら、そこは気がつけば完食。いや、素晴らしかった。

(左フォト) チャーシューメン大盛 (2011.05.14)


つけ麺の歴史を語る上で、必ず登場して来るラーメン店こそこちらであり、今回はその辺を紐解いてから本編に入りたいと思う。

昭和22年12月に開業した荻窪丸長は、五人の長野の蕎麦職人の共同経営によって開始された。

その一人が故坂口正安氏で、昭和25年に同グループの栄楽へ勤めていた折り、上京して当時旋盤工をしていた従兄弟の山岸一雄氏をそこへ誘った。その翌年の昭和26年そこから独立してこちらを開業させた。

そして坂口氏は昭和30年に代々木上原大勝軒を開業させ、中野店を支店にして山岸氏に任せるようになった頃、つけ麺である特製もりそばが山岸氏により、そこでメニューに並ぶようになったわけだ。

昭和36年にはその山岸氏も暖簾分けで東池袋大勝軒を誕生させて現在に至っており、今日ではそちらの方の系統を明瞭にしている大勝軒のれん会も発足させている。

しばらく前までは大勝軒を東池袋に至る丸長系大勝軒系、永福町系大勝軒に日本橋人形町系大勝軒の三つに分けられて来た。

しかし近年東池袋大勝軒からは、茨城大勝軒系等も含まれる更なる多くの店舗が生まれており、丸長系も新店が続々誕生して来ており、丸長系大勝軒と東池袋系大勝軒を分類して四つに分けられて来ている。

判り易い事に丸長系はつけ麺をつけそばと呼び、澄んでいてもコクのあるスープが重んじられているのに対して、東池袋系はつけ麺をもりそばと呼んで、厳しい規律がありながらも自由な発想力が重んじられている。

それらはどちらの方がこうだと言うもので無く、夫々が夫々に大事で大切な見解であるべきだと思う。

そんな中でこちらは丸長系大勝軒のお店であり、つけ麺発祥の店としてその歴史に名が刻まれている 、丸長のれん会に属したお店だ。

最近そのようなラーメンの戦後まもない頃からの歴史の流れを見ている中で、こちらにも出掛けて見たくなり午前10時半営業開始と言う事で、早めに自宅を出て午前11時前の開店してから一息ついた辺りの時間に入店した。

店内は狭くもないがとても広いと言う程でもないフロアーで、厨房にはお店の方が結構多くおられて圧巻であった。

券売機があるタイプの店だなとすぐ気が付き、見渡すと左手にその脇腹が見え、回り込むようにしてその前に立ち、一見して廉価なイメージに見えるそのボタン群から肉入りつけそば大盛を選んだ。

右奥のスペースに腰掛けると窓際には幾つかの紙が貼られており、こちらのお店をパロディにした感じのマンガが紹介されていて、それは如何にも漫画文化を大事にする中野の街のラーメン店らしかった。

また以前は丸長グループの中で店別対抗の野球大会があった事が判る、ブログの一記事を印刷したものもあり、そこにあった一枚のフォトの中央に映る男性は、若かりし頃の山岸氏であった。

ちなみにその野球大会は、随分昔のお話しだそうで、現在はそうした事はおこなっていないらしい。

またそのブログには昭和32年頃の開業まもない代々木上原大勝軒の姿や、昭和59年当時のこちら店内風景も見る事が出来た。程なく到着。

おお、見るからに東池袋系とはかなり違う風情のもので、それは丸長的でもないそんなつけそばだった。大盛りで麺量350gだそうだが、それよりも多く見えたビジュアルだ。

それではと行かせて貰えばそれはもう、なるほどなるほどいやいやいやいや、美味い美味い美味い美味い美味い美味い。

じんわりとまったりと薄味にまず感じるそんなつけ汁に、噛む度にむっちりむっちりと押し返して来る位に太くコシのいいもので、ムチムチとしながら喉越しのよい口にし易い麺となって、喉の奥に消えて行くもの。

なんて香り豊かな麺なのだろう。ラーメン好きならその麺の魅力に打ちひしがれる事だろう。

そしてインパクトはないものの何処までもじんわりと来るつけ汁は、その麺を楽しむ為の良きパートナーとなっていた。

静かな小波が絶え間無く、しっかり確実にやって来る。そしてロース肉を刻んだ感じの肉がまたこれがえらく美味しいものであった。

途中醤油ダレを足すと良い旨のパロディ漫画を参考にして、それを少量入れても楽しんだ。もうまた気が付けば完食である。いや風情も良く、今日も良かった美味かった。

(左フォト) 肉入りつけそば大盛(汁・麺)/店舗外観 (2009.11.03)